「雨と狼」

3396 / 初音ミク (sm18616181)

『 』は歌詞ではありません。

***

『そこは、人々が事実だけを愛し
 嘘を区別無く忌んだ世界。
 そのうち沢山の絵本や小説が
 虚構の廃棄場へと流れ着いて

 これは、そんな窮屈な世界で
 必死に足掻いた
 今はもう居やしない
 狼少年のお話です。』

『枯れた本と傘の骨が
 積み重なった迷路の合間
 少年は、本を読みながら
 廃棄場で暮らしておりました。
 街の人々は、
 虚構に対して無理解で。
 人々は揃って
 彼のことも忌みましたが、
 誰も彼の頭の中の書庫には
 手出しできませんでした。
 人々は少年から
 嘘が漏れだすのを恐れ、
 彼からその舌を
 取り上げてしまいました。
 それは全く完璧な封印で
 言うならば彼は
 蓋のない箱でした。
 行き場を失った嘘は
 身体の中を巡る内、
 やがて毒となって
 彼に悪さをするようになりました。
 嘘の呪いは彼に
 毛だらけの耳と獣の尾を与え、
 彼の姿は、文字通り
 "狼少年"の物になってしまいました。
 人々はその姿を恐れ、
 ついに彼を街の外へと追いやり
 やがて少年は、静かな森で
 暮らすようになりました。』

青 黒 空 白 色
氷星 揺らいでる
とうに朽ちた釣鐘草の葉が
霜に包(くる)まれた

未観測のまま時間は去って
燈(ひかり)を流水で掻き消す様な
樹氷の南天に
照った恒星 光った恒星
捉(とら)える前に 君は消えた

悲しみは押し拡げてく
合間に満ちた世界の淵を
裸足で微睡(まどろ)む
独りの黙(だんま)り屋な狼

浮かんだ染みのような星々と
寒暖さえもない死んだ森も
閑散とした呆気星(ほうきぼし)が飲み込む

街 星 空 森 雨露
淡く朽ち 満たしてく
昇り立つ林檎酒色の沫(あわ)が
昼を透かした

ラムネ漬けにした沙礁の情景
桶に浸(ひた)されては
揺蕩(たゆた)う浮き球
逃げ水の河床で
散った群星 蒸せった連星
頭の隅で 鯨が眼掠めた

形にする前に消える
言葉は喉元で騒ぐ
星屑塗(まみ)れで漂う
氷漬けの狼

不安定なまま淀んだ砂嘴(さし)も
氷河の下せせらぐ光も
閑散とした放気星に呑み込む

ラララ

『やがて体中の血が
 凍ってしまいそうな程の
 寒さが押し寄せて来て、
 少年は草地に伏して、
 ただ静かに衰弱していきました。

 "次に目覚めた時には、
 あの星々のどれかになれたらな。"
 なんて、自分でも
 馬鹿みたいに思えることを
 思ったりしたのです。

 "死んだら星に成れるなんて、
 結局それも一つの嘘でしかなくて。
 そうでなくとも、誰かが
 語り継いでくれなければ
 星座になれないことなんて
 とっくに分かっていて。"

「…こっちにおいでよ。
 俺が君の物語の
 証人になってやるから。
 今までからこれからを、
 全部思い出して話す元気は
 まだあるね?」

 その時耳にした声は
 何時か何処かで
 聞いた覚えのあるような。』

木立に風が注ぎ込む
雨粒ぱらぱらと游ぐ
今すぐ投げ棄てちゃおうか
こんな世界どこかに

上昇気流押し上げられてゆく
雲間がほつれて焔(ひ)が差す
嘘じゃない 其処に君が居る

裸足に砂が絡みつく
眼(まなこ)の中星が揺れる
「御早う! ずっと待ってたよ、
 嘘を孕(はら)んだ狼。」

掴んだ手はまだ冷たいけど
潤んだ僕の目の波打ち際
きっと僕らずっと笑ってられる
ずっと此処で二人居られるから

『融けだした氷塊は、
 雨粒となって降り注ぎ、
 鈍く軋みつつも
 天体は運行を再開して、
 死にかけていた森にも、
 ようやく季節が
 訪れるようになりました。
 勿論そんなことは
 街の人々の知るところではなく。

「みんなも僕たちみたいに、
 早くほんたうのさいはいを
 みつけられたらいいのにね。」
「あヽ、さうだね。
 きっと見つけ出すのが
 下手なんだ。」
「事実ばかり愛しても
 事実に愛されるとは限らない。
 大切なことは、いつだって
 目では見えないのだから。」

 さあさあざらざら
 降りしきった雨も
 いつしかぴたりと止んで、
 一際澄み渡った星空が
 顔を見せました。
 少年が居なくなってしまった
 その跡には、
 どうしようもなく碧いだけの
 世界が残されて。
 今にも地平線に溺れそうな
 狼座の横で
 小さな小さな紫の星が
 ゆっくりとまたたいていました。』

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